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Tochca – 人の手だけが造り出すことのできるフォルムで、暮らしの中の点を紡ぐ / PEOPLE
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PEOPLE vol.5


しょくにん【職人】と辞書で引くと、「手先の技術を使って仕事をする人」と書いてある。たとえば、大工・左官など。自ら身につけた熟練した技術で、つまり手作業で、物を作り出すことを職業とする人たちのことだ。寿司職人や家具職人など、後ろに職人とつくものを挙げるとイメージしやすいだろうか。

フランス語では、artisan(アルチザン)。これはしばし、芸術家を意味するartist(アーティスト)と対になる言葉として用いられる。時に 技術的には優れているが芸術性に乏しい作品への批判的な意味で使われることもある言葉だが、近年では伝統工芸などの技術維持が世界的に注目されていることもあり、その存在が重要視されつつあるそうだ。芸術は本来、熟練の技術なくして語ることのできないものである。そういう意味では職人=artisanは、静かな芸術家とも言えるのかもしれない。


「職人に憧れているんです」と話すのは、エアエイジメンズバイヤーの小原氏。エアエイジ『PEOPLE』は、そんな小原氏が企画した〝人(職人)〟と〝人(お客様)〟をつなげるためのシリーズである。ファッションという垣根を超えた ものづくりは、消費という枠に収まらず、特別な体験を提供してくれたりする。そんな体験を、お店に訪れる方にお届けしたい。

さて、今回私たちは、どのような『PEOPLE』と出会うことができるのだろうか?

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|〈Tochca〉代表天崎氏


Tochca – トーチカというレザーブランド


エアエイジで取り扱いの始まった〈Tochca〉の話をしたい。

〈Tochca〉は、広島を拠点とするレザーブランド。彼らが展開するバッグや財布などのプロダクトは、手作業ならではのクラフト感がありつつラグジュアリーな印象もあわせ持つ、その独特のバランス感覚が魅力だ。

代表である天崎氏が革製品の製作を始めたのは1999年。歴史は長いが、現在に至るまで事業を無理に拡大することはなく、手作業の製作にこだわってきた。長いとおよそ数週間をかけて、一点を完成させる。素材の選定、カット、縫製、そして実際に使用して調整をするまで、全ての工程を一人で行う。

ブランドの言葉を借りるならば、「デザインは足すこともひくこともない、シンプルで機能美をあわせ持ったもの」。多くを語らず必要なものを与えてくれる、静かなかっこよさを、〈Tochca〉のプロダクトは私たちに与えてくれる。


小原氏が〈Tochca〉に出会った時期、彼はエアエイジにおけるスモールレザーグッズの新規開拓に悩んでいた。長年取り扱い続けてきた〈Whitehouse Cox〉が後継者の不在により2022年末に廃業し、〈BRU NA BOINNE〉のセレクトを終え、残るは〈Hender Scheme〉のみ。洋服をメインとするセレクトショップとはいえ、より幅広い世代に選択肢を提示するために、新たな出会いを求めていたのだ。その頃〈NORLHA〉のヤクウールのストールや〈JIL PLATNER〉のアクセサリー、〈Lunor〉や〈AHLEM〉のアイウェアなど、洋服まわりのセレクトが充実してきていたこともあり、それらと同じ軸で財布も選べたらよいのではという思いもあった。

つまり、ファッションや単なる実用品というよりは、暮らしの中で重ねる愛おしい体験のように、日々大切に、長く付き合えるもの……。そうして小原氏の心を捉えたのが、〈Tochca〉だったのだ。

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息をしているような、有機的なフォルム


〈Tochca〉を語る上で外せないのは、その独特のフォルムだろう。

しっかりした素材が、ふっくらと丸みを帯びて縫われている。硬そうで、柔らかそう。男性的でも女性的でもないその不思議な佇まいは、それ自体が一つの生き物みたいで、静かにしっとりと息をしているようにも見えてくる。

「厚みがあってタフだけど、どこか艶めいてみえますよね。初めてこの財布を見た時、川原にいる自分を思い出したんですよ。変なかたちの流木とか、丸い石とか、つい拾っちゃうけど、その感覚に似てる。有機的なフォルムです」

小原氏はそう言って財布を手に取ったが、確かに有機的なフォルムだ。また素材となっている革が、変な表現だが心地良さそう。角度によって革の凹凸が豊かに光を湛え、その様は表情のようでもある。

「多分それって、内縫いだからなんです」

小原氏が〈Tochca〉に心惹かれた理由は、業界では珍しいその縫製にあった。

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職人の手と、感覚と、内縫い


〈Tochca〉の財布は、表にステッチがない。それは「内縫い」という縫製方法を採用しているからだ。

内縫いとは、各パーツを縫い合わせた上で裏返し、内側に縫い目がくるようにした縫製方法。家庭科の授業などで袋を作った時のことを思い出すとイメージしやすいかもしれない。

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革で内縫いするというのは、とても難しい。素材の知識や、高い縫製技術、感覚とセンスが必要とされる。だから内縫いのプロダクトを展開するメーカーは少ないのだ。

〈Tochca〉の天崎氏は内縫いについて「革によって方向や柔らかさなどの要素を理解した上で、人の手の感覚を頼りに縫っていく必要がある」と表現した。先に革が心地良さそうに見えると述べたが、その理由もまたこの縫製方法にあるのだろう。革を熟知した職人により、正しい感覚のもと縫われていく。それにより素材の魅力が生かされたまま、製品へと姿を変えるのだ。

小原氏はこの縫製方法を聞き、手から手へ……つまり職人の手からお客様の手へという、自身がもっとも大切にしていることを自然と重ねられたのだそうだ。職人の手の温度はそのまま製品の息遣いとなり、使い手の暮らしをそっと温めるだろう。

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ここでしか出会えない素材を愉しむ


〈Tochca〉の素材選びは徹底している。内縫いで素材が活かされるかを重視し、硬い素材や妙なシワがよる革はもちろん使わない。

エアエイジで取り扱う革は4種類「エメ(イタリア産タンニンなめし牛革)」「Guidi(カーフ)」「ガルーシャ(フランス産エイ革)」「ポロサス(クロコダイル)」だが、そのどれもで、手に取ったとき新しい驚きを感じてもらえるだろう。

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例えば「ガルーシャ」は、フランスのタンナーに〈Tochca〉が依頼し、内縫いのためにオリジナルで作っている素材だ。熟練の職人でも縫うことは難しく、曲げる方向などとにかく繊細に扱う必要がある。それゆえミシンも、ガルーシャ専用のセッティングがあるのだそうだ。しかし難しさと美しさは比例するのか、アンティークビーズを敷き詰めたような表情は内縫いによるドレープ感もあいまって、より魅力的に感じられる。強靭さで知られる革だが、〈Tochca〉では同時にしなやかな質感も楽しめるはずだ。

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〈Tochca〉天崎氏のお気に入りは、カーフ素材「Guidi」。天崎氏曰く、質感は独特で吸い付くような手ざわりは別格。作っていて親しみの沸く革だということなので、是非数年後、数十年後を思い描きながら手に取っていただきたい。

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|天崎氏が愛用する〈Tochca〉のプロダクトたち

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それを手にして見上げた先に


これは小原氏も、そして天崎氏も話していたことだが、ブランドのネームではなく、ただ感じられる「良さ」……その漠然とした感覚で、ものを選んでみるといいのかもしれない。情報に溢れたこの時代で、その感覚は意識しないと研ぎ澄まされることはない。けれども、例えば大自然の中で息をするとき、木漏れ日の濃淡に、波の音に、ハッとするとき、川の流れの刹那とその中に生きる魚に気がつくとき、私たちは無意識に「良さ」を感じたりする。その「良さ」を、ファッションにおいても取り入れることができたら、すごく豊かな変化になるのではないだろうか。


川原で気に入った石や流木を手にして、顔を上げた時、景色が少し違って見えることがある。〈Tochca〉のプロダクトは、それとどこか似た感覚を与えてくれるような気がする。

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〈Tochca〉とは、ロシア語を元にしたブランド名だそうだ。天崎氏はこの言葉に、点や地点という意味を込めている。財布やバッグを使う瞬間……その瞬間もまた一つの点であり、そんな点を出来るだけ多く紡いでいくことが、暮らしを作るということなのかもしれない。

人の手だけが造り出すことができるフォルムは、あなただけの温かな点となるだろう。暮らしの中の点を大切に紡ぐ。そんなファッションの楽しみ方を、エアエイジの新しいセレクトが教えてくれそうな予感がしている。

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